東京高等裁判所 昭和26年(行ナ)2号 判決 1958年12月18日
原告 エフ、ホフマン、ラ、ロツシユ、ウント、コンパニー、アクチエンゲゼルシヤフト
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
原告のため、上告申立期間として三月を附加する。
事実
第一請求の趣旨
原告訴訟代理人は、「昭和二十年抗告審判第三〇四号事件について、特許庁が昭和二十五年三月十四日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように陳述した。
一、原告は昭和十六年一月十日(米国千九百四十年一月十日優先権主張)「ヒドロキノン及びナフトヒドロキノンのアルキル置換誘導体の製法」の特許を出願したところ(昭和十六年特許願第三一二号事件)、昭和十八年九月十七日拒絶査定を受けたので、昭和二十年七月五日右査定に対し抗告審判を請求したが(昭和二十年抗告審判第三〇四号事件)、特許庁は昭和二十五年三月十四日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月十六日原告に送達された。(右審決に対する出訴期間は、数度にわたり特許庁長官から延期せられ、最後の期間は昭和二十六年二月十四日までとなつた。)
二、審決は、原告の出願の方法は、これより先昭和十五年十一月二十五日(独乙国千九百三十九年十一月三十日優先権主張)訴外イー、ゲー、フアルベン、インヅストリー、アクチエンゲゼルシヤフトが特許を出願した「2―アルキル―1・4―ナフトキノン誘導体の製法」(昭和十五年特許願第一七四六五号、後昭和十九年二月二十三日特許せられ特許第一六二〇五二号となる。)と同一発明であるとして、特許法第八条により原告の発明の特許は拒絶すべきものとした。
三、しかしながら、右の審決は、次の点において違法であつて、取り消されるべきものである。
(一) 原告出願の製法(以下甲方法という。)の要旨とするところは「(A)ヒドロキノン又はナフトヒドロキノンにオキシハロゲン化燐を作用せしめ、(B)かくて生ずる化合物を水で処理し、(C)かくて形成したフオスフオールエステル酸を必要に応じ無機塩基或は有機塩基と反応せしめることを特徴とするヒドロキノン又はナフトヒドロキノンのアルキル置換誘導体の製法」にかかるもので、これを化学式で示せば、別紙第一式のとおりである。
審決が引用した昭和十五年特許願第一七四六五号。(以下乙方法という。)の要旨とするところは「2―アルキル―1・4―ナフトキノン若くは2―アルキル―1・4―ナフトヒドロキノン中にカルボニル基或はヒドロキシル基において水溶性たらしめる基を導入すること(但しこの場合2―アルキル―1・4―ナフトヒドロキノンを有機二塩基酸の無水物を以てエステル化することは除外する。)を特徴とする生理的作用を有する2―アルキル―1・4―ナフトキノン若くは2―アルキル―1・4―ナフトヒドロキノン誘導体の製法」にかかるもので、これを化学式で示せば別紙第二式のとおりである。
右甲乙両方法を比較するに、両者はその原料物質及び化学反応において次のような相違点を有する。
(イ) 原料物質
甲方法においては、ヒドロキノン又はナフトヒドロキノンを使用し、乙方法においては、2―アルキルー1・4ーナフトキノン或は2ーアルキルー1・4ーナフトヒドロキノンすなわちナフトキノン或はナフトヒドロキノンを使用している。従つて乙方法においては、ヒドロキノンは全然使用しておらない。
(ロ) 化学反応
甲方法においては三段階の反応工程すなわち(A)原料物質をオキシ塩化燐にて処理する工程(B)生成物を水にて処理する工程(C)形成物質を必要に応じ無機塩基或は有機塩基と反応せしめる工程が行われるのに反し、乙方法においては、(A)原料物質に水溶性たらしめる基を導入する工程(B)生成物質を無機塩基或は有機塩基と反応せしめる工程が行われるので、中間工程たる「水にて処理する工程」は全然行われていない。
特許法第八条は「同一発明については、最先の出願者に限り特許す。」と規定し、類似又は容易に実施し得べき発明とは規定しておらない。従つて特許法に第八条を以て特許出願を拒絶する場合には、発明は同一でなければならないことは極めて明瞭である。しかるに甲方法と乙方法とは、前述のような二つの重大なる相違点を有しているから、これを同一発明なりとして特許法第八条を以て拒絶すべきものとしたのは違法である。
(二) 本発明の要旨は、前述のとおりであるが、ヒドロキノンに単に、オキシ塩化燐を作用せしめることによつては、ヒドロキノンの燐酸エステルを製造し得ないことは公知の事実である。その理由とするところは、その際生ずるビス―ヂクロロ―フオスフオリールエステルが水を添加する場合分解し、ヒドロキノンと燐酸を生ずるからである。本発明においては、この欠点を除くために溶剤としてピリヂンを使用して、オキシ塩化燐を作用せしめたのである。
審決の引用した出願発明の明細書の例五にもオキシ塩化燐とピリヂンと併用する場合が記載してある。しかしながらこの例は、右出願の優先権主張の基礎たる千九百三十九年十一月三十日付独乙特許願の明細書中には記載されておらず、本件出願の優先権主張の基礎である千九百四十年一月十日以後になつて初めて独乙特許局へ補充提出せられたものである。従つてオキシ塩化燐とピリヂンとを併用することに関しては、本件出願の方が、引用の出願により先願であることは明らかである。
引用の出願の優先権主張の基礎たる千九百三十九年十一月十三日付独乙特許願による発明において、オキシ塩化燐の有効なる使用を企劃しておらなかつたことは、該独乙特許願の明細書中に記載されている左記の例三からも明らかである。すなわち同書例三によれば、オキシ塩化燐は溶剤を使用せずに摂氏一二五度ないし一三〇度において加熱せる状態にて1・4―ヂオキシ―2―メチール―ナフタリンに作用せしめられ、この際得られる反応生成物は水中に殆んど溶解することなく、アンモニア及びアルカリ液に易溶性の赤色物質であつて、正確な熔融点を有しておらない。従つて純粋な物質ではなく2―メチール―1・4―ヂオキシ―ナフタリン―ヂ燐酸と均等な物質ではない。また燐測定の結果によれば、大体2―メチール―1・4―ヂオキシ―ナフタリン―モノ燐酸の値を生じ、色及び水中における溶解においても、またカルシウム塩の性質においても、著しく相違しておる。
このような例のみを記載し、その後補充した例五のような例を記載していない点からみても、前記独乙特許願の発明は、「水溶性たらしめる基を導入」する場合に、オキシ塩化燐の有効なる使用を包含しておらないとみるのが妥当である。
元来右引用特許の特許請求範囲は、一見するとアルキル―1・4―ナフトヒドロキノンの総ての水溶性誘導体の総ての製造法を含むかのように見る。しかしながらこの特許は物質特許でなく製造法の特許であるから、一定の物質の一定の製造方法が存在しなければならない。従つて水溶性誘導体の種類及びその製造法の様式には当然限度がある筈である。これについては、原告が先に特許第一四七一〇五号として、アルキル―1・4―ナフトヒドロキノンの一種の水溶性誘導体の製造法について特許を受けた事実からみても、特許一六二〇五二号があらゆる水溶性誘導体に関し特許されたものでないことは明らかであつて、唯その誘導体の種類が多いため、それらを一括する適切な語を特許請求範囲の項中に使用し得なかつたと見られる。このため該特許請求範囲は、あたかも物質自体を請求するかの観を呈したのであるが、かかる場合その製造法の要旨は、明細書の詳細なる説明の項から判断するのが慣例である。この見地から詳細なる説明の項を調査すると、水溶性誘導体は僅かな種類が訓示されているに過ぎないのであつて、あらゆる種類の水溶性誘導体が同じ目的を達成することを実験的に立証し得たものとは到底考えられない。また製造法については、それほどの変更範囲はないにしても、具体的に示された例は比較的少ない。ただそのうち例五だけには本願と同様にオキシ塩化燐をピリヂンの存在において反応させて生成物を氷にて処理することが記載されておること、及びこの記載の経過については先に述べたところである。かかる例を補充することは、発明の範囲の拡張であり、出願の要旨変更であつて許容されるべきではない。また仮令この例五の補充が要旨変更ではないとされた場合においてもこれは優先権を証明されない事項を追加したのであるから、この例五については優先権の主張は不可能である。従つてオキシ塩化燐とピリヂンとを併合することに関しては、いずれの点からみても本件の出願が引用の特許の出願より先願である。独乙特許局は、原告の請求を認め、引用特許権者の特許があるにもかかわらず、本件に相当する特許願に対し、特許第七五三六二七号を以て特許したものである。
(三) 原告は本件特許請求の範囲中に「オキシハロゲン化燐を作用せしめる」に当り、ピリヂンを併用するということを記載しなかつたが、「ピリヂンの併用」が本発明の重要な特徴であることは、明細書の発明の詳細な説明の項の冒頭に「ヒドロキノンの燐酸エステルがオキシ塩化燐を以て製造し得ないことは公知である。蓋しその際生ずるビス―ヂクロロ―フオスフオリールエステルが水を添加する場合分解し、ヒドロキノンと燐酸を生ずるからである。」と記載してあり、また例一及び例四にもピリヂンの使用が明記せられておる点より見ても明瞭である。更に原告は、昭和二十四年十二月八日付上申書においてオキシ塩化燐使用の場合、溶剤たるピリヂンの存在なくしては、所期の物質が得られないことを実験の結果より詳述し、その他意見書、抗告審判請求書においても、ピリヂンを併用せる引用特許の例五に関し、主として論議しておる点からみても、ピリヂンの併用こそ本発明の重要な特徴であることは明白である。しかるに審決が、これを顧慮することなく、「反応時における有機溶剤の使用、不使用によつてこの点影響されるものではない。」と極めて簡単に片付けておるのは全く審理不尽といわなければならない。
以上これを要するに、本件特許発明と審決が引用した発明とは、決して同一の発明ではなく、従つて特許法第八条により拒絶せられるべきものでないから、審決は違法で、取消されなければならない。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように答えた。
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。
二、同三について原告出願の発明(甲方法)及び審決が引用した発明(乙方法)の各要旨が、次の留保を付する外、それぞれ原告主張のようであることは、これを争わない。
(一) しかしながら、原告が右両方法が、相違すると主張している点は否認する。すなわち、
(イ) 原料物質について、原告は、両方法に共通な化合物ナフトヒドロキノンの外に、甲方法はヒドロキノンを、乙方法はナフトキノンを使用する点が相違すると主張するが、ヒドロキノンとナフトキノンとは甲乙両発明においては、それぞれナフトヒドロキノンと均等物として扱われていることは明らかであるから、右両方法の同一性如何を論ずるに当つては、ナフトヒドロキノンのみを摘出すれば十分であつて、ヒドロキノンを乙方法が使用しないということは問題ではない。
(ロ) 化学反応を比較するに当り、原告は、乙方法では水で処理する工程が行われていないと述べているが、乙方法は、その特許請求の範囲に、ヒドロキシル基(或はカルボニル基)において水溶性たらしめる基を導入することを明記し、水溶性たらしめる基を導入する方法として、例えばその例五のうちに「ピリヂンとオキシ塩化燐とよりなる溶液に2―メチル―1・4―ナフトヒドロキノンとピリヂンとよりなる溶液を添加し、氷上に注加、ついて濃塩酸を以て注意して酸性とすることにより、エステル酸を脂状物として折出する」と記載して、実質上水を以て処理することを明らかにしている。
右に説明するように、甲乙両発明は同一または均等な原料に対し、化学常識上同一と認め得べき処理を施していることは明らかであるのみでなく、また同一の作用効果を奏しているのであるから、その発明思想において全く同一であり従つて発明としても同一と認めるのが至当である。
(二) 原告の主張するように、ピリヂンとの併用が右優先権証明書添付の明細書中に記載していないことは、これを争わない。(尤も右併用した例が、本件特許の出願日よりも後に補充されたとの主張は争う。)しかしながら本件出願の発明は、その特許請求範囲にも明らかなように、相当するヒドロキノンにオキシ塩化燐を作用させ、生じた化合物を水で処理してフオスフオールエステル酸を作り、これを必要に応じて無機塩基或は有機塩基と反応せしめることを要旨とするヒドロキノン及びナフトヒドロキノンのアルキル置換体の製法であつて、これ等の原料化合物がそのままでは水に不溶であるのを、右のようにすることによつて水に可溶とすることをその目的とするものであつて、この目的を達している限り、原料化合物の1及び4の位置のオキシ基をエステル化する燐酸基の導入数が一個であろうとまた二個であろうと発明としては全く同一である。上記の優先権証明書添付の明細書例三には生成したエステル酸が、アンモニア、或は苛性液には易溶であることを明記していて、引用の明細書の例五並びに本件の発明におけるものと相違しない。エステル酸そのものが不溶であつても、それがアンモニア、苛性液に易溶であるとき、オキシ塩化燐は有効に使用せられ、水溶性たらしめる基を導入する目的は十分に達せられる。右水溶性の語義に関しては、原告の所有にかかる特許第一四七一〇五号明細書中の記載が、被告の右見解の妥当性を裏付けるものである。
(三) 最後の反応時における有機溶剤の使用、不使用は、先にも述べたように、本件発明の同一性に影響を及ぼすものではない。
第四証拠<省略>
理由
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。
二、右当事者間に争のない事実及びその成立に争のない甲第五号証(本件特許願)によれば、原告の特許を出願した本件発明(甲方法)の要旨は、「相当するヒドロキノンに、オキシハロゲン化燐を作用させ、生成した化合物を水で処理し、このようにして得たフオスフオールエステル酸を、必要に応じ無機塩基或は有機塩基と反応せしめることを特徴とするヒドロキノン或はナフトヒドロキノンのアルキル置換誘導体の製造方法」であつて、その目的とするところは、ヒドロキノン或はナフトヒドロキノンのアルキル置換体は、そのままでは水に不溶であるのを、ヒドロキシル基の位置に、これをエステル化する燐酸基を導入し、更にこのエステルを無機塩基或は有機塩基と反応せしめてテステル塩の形となすことによつて、ビタミンKの作用を有する、水溶性の安定な化合物とすることにあるものであることが認められる。
原告代理人は、右甲方法は、「ピリジンの存在において」オキシハロゲン化燐を作用させることを不可欠の要件とすると主張するが、右は明細書(甲第五号証)中「特許請求の範囲」の項に全然記載されていないばかりでなく、明細書中、「発明の詳細な説明」の項においても、「原料物質トシテ使用セラルル置換セラレタル『ヒドロキノン』ハ適当ナルハ無水塩基、例ヘバ『ピリヂン』、『ヂアルキルアニリン』、『キノリン』等ニ溶解セラルル事ヲ得」(四頁第四行以下)と記載し、必ずしもピリヂンの存在を必要条件としておるものではないから、原告代理人の右主張はこれを採用しない。
三、また前記当事者間に争のない事実及びその成立に争のない甲第二号証(昭和十五年特許願第一七四六五号、後に特許第一六二、〇五二号の明細書)及び甲第六号証(当初独乙国に出願した明細書)によれば、審決が引用した訴外イー、ゲー、フアルペンインヅストリー、クチエンゲゼルシヤフトが独乙国出願の優先権を主張して、特許を出願した発明(乙方法)の要旨は、「2―アルキル―1・4―ナフトキノン若くは2―アルキル―1・4ーナフトシドロキノン中に、カルボニル基或いはヒドロキシル基において水溶性たらしめる基を導入すること(但しこの場合2―アルキル―1・4―ナフトヒドロキノンを有機二塩基酸の無水物を以てヱステル化することは除外する。)を特徴とする、生理的作用を有する2―アルキル―1・4―ナフトキノン若くは2―アルキル―1・4―ナフトヒドロキノン誘導体の製法」にかかり、その目的とするところは、2―アルキル―1・4―ナフトキノン或は2―アルキル―1・4―ナフトヒドロキノンは、そのままでは水に不溶であるのを、これ等の物質のカルボニル基或はヒドロキシル基の位置に、これをエステル化して水溶性の物質に変ずる基を導入し、更にこのエステルを無機或は有機の塩基に作用せしめて、エステル塩の形となすことによつて、ビタミンKの作用を有する水溶性の安定な化合物とするものであることが認められ、なお同明細書中「発明の詳細な説明」の項には、「本新規化合物ノ製造ニハ極メテ種々ノ方法アリ。例ヘバ(中略)「2―アルキルナフトヒドロキノン」ヲ多塩基酸ノ塩化物(例ヘバ「オキシ」塩化燐ト反応セシメテ「エステル」酸ヲ生成セシムルモ同一若クハ類似ノ結果ガ得ラレル。此ノ場合生成セル「エステル」酸ハ塩例ヘバ「ナトリウム」塩及び「カリウム」塩ノ如キ「アルカリ」金属塩並ニ「アムモニウム」塩ノ形ニ於テ水ニ可溶ナリ。」(二頁第二行以下)と記載され、右訴外会社が当初独乙国に出願した明細書にも、その趣旨の記載があることが認められる。
四、よつて右甲乙両方法を比較するに、乙方法はその要旨として、広く「ナフトキノン若くはナフトヒドロキノンのカルボニル基或いはヒドロキシル基の位置に、これをエステル化して水溶性の物質に変ずる基を導入すること」を包含し、甲方法において相当するヒドロキノンにオキシハロゲン化燐を作用させ、フオスフオールエステル酸を生成せしめることも、乙方法に包含される一事例であり、しかも乙方法がその発明の内容として示しているものであることは、乙方法の前記明細書の記載によつて明白である。
原告代理人は、乙方法についての特許発明の要旨、範囲を前述のように解釈することは、物質特許を認めたことと同様に帰するから、これが解釈に当つては、明細書の詳細な説明の項の記載に従い、水溶性誘導体の種類及びその製造法の様式に当然の限定が付せられなければならないと主張するが、すでに右乙方法が特許されている以上、その特許請求の範囲に記載された発明そのものについて有効に特許権が成立するものとして、その全体について、要旨及び範囲を認定するの外ないものといわなければならない。
原告代理人はまた、甲乙両方法は、(イ)原料物質及び(ロ)化学反応の点において相違すると主張し、(イ)原料に関し、前者がヒドロキノン又はナフトヒドロキノンを使用するに対し、後者がナフトキノン又はナフトヒドロキノンを使用すること及び(ロ)化学反応において、前者は水で処理する工程を特許請求の範囲のうちに記載しているのに、後者はこれを記載していないことは、前記認定によつて明白であるが、(イ)原料に関し両者が互に共通するナフトヒドロキノンの外に、前者がヒドロキノンを、後者がナフトキノンを使用しているのは、いずれもこれをナフトヒドロキノンの均等物質として使用しているものであることは、それぞれの明細書の記載によつて明白であるから、これがため両発明が同一であることを妨げるものではない。また(ロ)の化学反応においても、甲第二号証に記載された乙方法の実施例五によれば、後者においても第一次反応生成物を「氷上ニ注ギ」実質上水を以て処理していることが明白であるから、この点においても両方法は異るところがないといわなければならない。
原告代理人は、右明細書記載の第五例は、当初訴外会社が独乙国に提出した特許願添付の明細書に記載されず、本件出願の優先権主張の基礎である千九百四十年一月十日以後において訂正補充されたものであるから、特許法第八条の規定の適用については、却つて原告の出願が先願となるものと主張し、第五例が当初の明細書に記載されていなかつたことは、当事者間に争のないところであるが、それが本件出願の優先日以後において訂正補充されたことはこれを認めるに足りる資料がないばかりでなく、先に認定したように訴外会社は、当初提出した明細書に、ナフトヒドロキノンのアルキル置換体にオキシ塩化燐を作用させてエステル化し、更に塩の形となして、水に可溶性の化合物とすることを示しているから、これが実施の態様の一として、前記第五例を追加訂正したとしても、右は発明の要旨を変更するものではなく、従つてその訂正の時期とはかかわりなくその優先権の効力を主張することを妨げないものと解するを相当とする。
五、以上の理由により、後願である甲方法は、畢竟先願である乙方法と同一の発明にかかるものと認定するを相当とするを以つて、特許法第八条の規定により、これを拒絶するの外なく、これと同一に出でた審決は適法であつて、その取消を求める原告の請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、上告期間の附加について同法第百五十八条第二項を適用して、主文のとおり判決した。
(裁判官 内田護文 原増司 入山実)
第一式(原告出願の方法)<省略>
第二式(審決の引用した製法)<省略>